大判例

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東京地方裁判所 平成5年(ワ)24576号 判決

原告

株式会社三正

右代表者代表取締役

満井忠男

原告

日精電機株式会社

右代表者代表取締役

窪山五郎

原告

株式会社桃源社

右代表者代表取締役

佐々木吉之助

原告

有限会社島崎産業

右代表者代表取締役

島崎洋

原告

水野産業株式会社

右代表者代表取締役

水野紀男

原告

株式会社津村ハウス

右代表者代表取締役

津村義康

原告

アルファシティー株式会社

右代表者代表取締役

重本孝

原告

株式会社二川

右代表者代表取締役

新本孝美

原告ら八名訴訟代理人弁護士

秋山昭八

鈴木利治

菊地幸夫

被告

右代表者法務大臣

長尾立子

右指定代理人

大島大

外六名

被告

日本銀行

右代表者総裁

松下康雄

右訴訟代理人弁護士

仁科康

藤井正夫

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告らは、各自、原告らに対し、それぞれ別紙損害金額等一覧表(以下「別表」という。)中の請求金額欄記載の各金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、東京都内又は広島市内で不動産業等を営む原告らが、大蔵省銀行局長(以下「銀行局長」という。)が金融機関に対して行ったいわゆる不動産関連融資の総量規制及び被告日本銀行が平成元年五月以降数次にわたって実施した公定歩合の引上げにより、地価が下落したため損害を被ったとして、被告国に対し、主位的に国家賠償法に基づく損害賠償を、予備的に不法行為に基づく損害賠償を請求し、被告日本銀行に対しては、被告国との共同不法行為に基づく損害賠償を請求した事案である。

一  公定歩合の引上げ

被告日本銀行は、平成元年五月以降、次に掲げるとおり、五回にわたる公定歩合の引上げ(以下「本件公定歩合引上げ」という。)を実施した(当事者間に争いがない)。

実施時期       引上げ率

平成元年五月三一日

0.75パーセント

同年一〇月一一日

0.5パーセント

同年一二月二五日

0.5パーセント

平成二年三月二〇日

1.0パーセント

同年八月三〇日

0.75パーセント

二  いわゆる不動産関連融資の総量規制

銀行局長は、全国銀行協会連合会(以下「全銀協」という。)会長等に対し、平成二年三月二七日付け蔵銀第五五五号「土地関連融資の抑制について」と題する通達(以下「本件通達」という。)を発出し、当面、不動産向け貸出については、公的な宅地開発機関等に対する貸出を除き、その増勢を総貸出の増勢以下に抑制することを目途として、各金融機関においてその調整を図るよう傘下の金融機関に周知徹底を求めるとともに、不動産業、建設業及びノンバンクの三業種に対する融資の実行状況を報告するよう傘下の金融機関に周知徹底を求める旨の行政指導(以下「本件総量規制」という。)を行った(乙一)。

三  原告らの主張

1  違法性

本件総量規制及び本件公定歩合引上げは、以下の点において違法である。

(一) 財産権侵害の違法

地価は、市場の自由取引の原理に任せるべきもので、政府が立法、行政によって権力的に低下させるときは、適正な補償がなされるべきことは、憲法二九条及び一三条の法意に照らし、明らかである。

しかるに、銀行局長及び被告日本銀行は、何らの補償をすることなく、本件総量規制及び本件公定歩合引上げを実施した。本件総量規制には、国民の財産である土地の価格を下落させることを目的とした財産権侵害の違法があるとともに政策裁量を逸脱した違法があり、また、本件公定歩合引上げには、同様に財産権侵害の違法があるとともに直接地価の下落を目的とした点で金融政策を逸脱した違法がある。

(二) 過剰規制禁止原則違反

本件総量規制を実施した当時、既に国土利用計画法に基づく売買価格指導が一〇〇平方メートルの土地についてまで行われていたのであるから、右価格指導を適正に行えば本件総量規制の必要はなかった。それにもかかわらず、銀行局長及び被告日本銀行は、本件公定歩合引上げ及び本件総量規制を実施したことによって地価を暴落させたもので、これは明らかに政策裁量を逸脱した違法があるばかりか、これら政策を平成二年三月に本件通達を発出したことにより地価が暴落した後もなお翌年一二月まで継続したことにより、過剰規制禁止の原則に反して原告らの財産権を侵害したものである。

(三) 経済情勢認識の過誤

一九八〇年代後半のいわゆるバブル経済期において地価が高騰したのは、国民経済が豊かになって資産経済の時代に入ったからである。当時、一般物価の動きは落ち着いていたから、いわゆるインフレはなく、資産価値の高騰は、富のストック化であってバブルではなかった。

しかし、政府、被告日本銀行は、資産価値の急増をバブルと見誤り、インフレを懸念して、地価を低下させる必要がないのに、不必要な公定歩合の引上げや不動産関連融資の総量規制を行った。その結果、地価は、暴落し、土地担保を基本とする信用制度を崩壊させ、いわゆる平成大不況を招来するに至った。

(四) 行政指導の違法

銀行局長は、個別の業種に対する融資の総額を規制する法的根拠がないにもかかわらず本件総量規制を行ったが、かかる規制は、自由な経済取引を事実上法的拘束力を有する行政指導によって制約しようとするものであるから、違法である。

2  政府と被告日本銀行の通謀

被告日本銀行は、地価を低下させるため、政府と緊密な連絡を保って本件公定歩合引上げを実施した。

3  原告らの損害

本件総量規制及び本件公定歩合引上げにより、原告らは、融資を受けられなくなり、地価は、高騰時の六割まで暴落し、土地建物の取引が停止したことにより、原告らは、次のような損害を被ったが、その金額は、それぞれ別表中の損害金額欄記載のとおりである。

(一) 取得土地建物価格の暴落による損害

(二) 建築中の建物が融資ストップにより完成できずに放置されていることによる損害

(三) 土地建物の取引がストップしたことによる営業収益の損失

(四) 地価暴落により、原告らが海外資産を取得価格の三分の一以下の価格で投げ売りせざるを得なくなったことによる損害

4  よって、原告らは、被告ら各自に対し、前記3記載の損害のうち、別表中の請求金額欄記載の各金員の支払を求める。

四  被告国の主張

1  個別の国民に対する法的義務の不存在

国家賠償法一条一項における「違法」とは、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違反することをいう。

公務員の職務上の義務は、常に個別の国民に対して負う義務というわけではなく、単なる内部的職務規律上の義務であったり、又は個別の国民の利益そのものを直接の保護の対象とせず、いわばそれを超えた公益の維持そのものを保護の対象とするものであったりすることが少なくない。このような場合、その義務違反は、当該公務員にとって、国又は公共団体に対する関係でのみ問題となるにすぎず、個別の国民に対する関係での義務違反とまでは評価されないことから、国に国家賠償法上の責任が生ずる余地はない。

本件総量規制のように、国の各機関の公務員が土地金融政策等を含め経済政策全般を立案し遂行する行為は、そもそも政治的、経済的及び社会的な、あらゆる事象を総合的に勘案して行うものであって、本質的に行為者の自由裁量に委ねられ、法的規制になじまないものである。そして、このような総合的判断行為は、もっぱら公益を目的とした行為で、個別の国民は間接的かつ反射的にその利益を享受するにすぎないから、公務員が個別の国民に対して職務上の法的義務を負担するということはあり得ない。

2  本件総量規制の適法性

本件通達は、わが国の当時の景気動向等を勘案して、内需拡大に必要な資金の供給に引き続き配慮しつつ、金融面からも社会問題化していた地価問題に積極的に対応するため、金融機関の融資全体に対して均衡のとれた水準にすることが望ましいとの考え方に基づいて、銀行局長が全銀協会長等あてに発出したものである。

本件総量規制は、各金融機関の権利義務に変動をもたらすような法的拘束力を伴うものではなく、あくまで金融機関における任意の自発的な努力を求めたものにすぎない。

大蔵大臣は、その業務の公共性がうたわれている金融機関を指導、監督する立場にあり、銀行の業務の健全かつ適切な運営を確保するため必要な措置をとり、必要な通達を発する権限を有するのであって、本件通達は、このような大蔵大臣の権限に基づいて銀行局長が発出したものであるから、原告らが主張するように違法なものとはいえない。

五  被告日本銀行の主張

1  公定歩合操作に関する判断の特質

公定歩合の変更は、その効果が広く経済全体に及ぶものであり、しかもその政策立案に当たっては、景気、物価、為替相場、通貨供給量、市場金利等の現状を的確に分析、評価するという高度に専門的な判断が必要とされるものでもある。

したがって、このような性格を有する公定歩合操作は、金融経済に関する専門的な知識を有する被告日本銀行の自由裁量に委ねられているものと解すべきであって、個々の政策の相当性、合理性等の評価については、法律の解釈適用を目的とする裁判所が司法的判断を行うことはきわめて困難な性質のものであり、本来、国会の場を含めた広く国民全体の議論に待つべきものといわなければならない。

2  本件公定歩合引上げの適法性

本件公定歩合引上げは、被告日本銀行が国内景気、物価、為替相場、マネーサプライ、これらの動きを反映した市場金利の動向等を総合的に考慮して、物価の安定を確保しつつ内需中心の持続的成長を図っていくため決定し、実施したものである。

3  政府との通謀の不存在

被告日本銀行が政府と通じて本件公定歩合引上げを実施したことはない。被告日本銀行は、独自の立場で実施したものである。

六  争点

本件の争点は、本件総量規制及び本件公定歩合引上げが違法なものかどうか、原告らの財産権を侵害するものといえるかどうかである。

第三  争点に対する判断

一  被告国に対する請求について

1  本件総量規制の目的と大蔵省銀行局の所掌事務

(一) 本件通達に表現されているとおり、本件総量規制は、各金融機関が公的な宅地開発機関等に対する貸出を除く不動産業向けの貸出について当面その増勢を総貸出の増勢以下に抑制することを目途として調整を図ること並びに当面不動産業、建設業及びノンバンクの三業種に対する各金融機関による融資の実行状況を報告徴取により点検把握することを目的とするものである。

(二) 本件総量規制を行った大蔵省銀行局は、同省の任務の一である金融に関する国の行政事務(大蔵省設置法三条三号。以下「金融行政」という。)を同省の他の組織とともに一体的に遂行する責任を負い、大蔵省銀行局の所掌事務には、金融機関の資金の運用を規制し、これを監督することが含まれる(大蔵省設置法四条一〇〇号、同省組織令一〇条一項四号)から、銀行局長が全銀協会長等に対し本件通達を発出して金融機関による不動産業向け貸出についてある期間、ある程度の抑制のため調整をするよう、またその融資の実行状況を報告するよう行政指導を行うことは、大蔵省銀行局の所掌事務の範囲にとどまることは明らかであり、本件総量規制の前記(一)の目的は、大蔵省銀行局の所掌事務上、違法ということはできない。

(三) 本件総量規制が、前記(一)の目的を実現することにより地価の一層の高騰を抑制し、ある程度の低下をもたらす効果を伴うものであったことは、本件通達(乙一)の文面上、十分認識されていたものであるが、本件通達の発出に先立ち、土地基本法(平成元年法律第八四号)が制定され、同年一二月二二日施行され、同法は、国民の財産のうち特に土地については、公共の福祉を優先させることを宣言し(二条)、土地は投機的取引の対象とされてはならないとし(四条)、政府は、土地に関する施策を実施するために必要な法制上、財政上及び金融上の措置を講じなければならないとし(九条)、さらに、国及び地方公共団体は、土地の投機的取引及び地価の高騰が国民生活に及ぼす弊害を除去し、適正な地価の形成に資するため、土地取引の規制に関する措置その他必要な措置を講ずるものと規定している(一三条)のであって、本件総量規制がもたらすべき地価の低下は、土地基本法の規定するところにも沿うものであり、本件総量規制がそのもたらすべき効果の面においても、違法なものであったとはいえない。

2  本件総量規制により地価低下を図る必要性の判断の適法性

(一) 原告らは、地価低下の目的を達するためには他の政策で十分であるのに本件総量規制を行い、しかも地価暴落後も長期にわたり継続したと主張し、また、資産価格の高騰をバブルと見誤り、本件総量規制により不必要な地価低下策を実施したと主張するが、まず、本件総量規制を含め、一般に金融行政の遂行は、金融機関に課せられた公共的使命たる信用の維持、預金者の保護及び金融の円滑を前提として、銀行経営の健全性確保、資金供給における社会的要請への配慮等のみならず、他の政策との整合性その他社会経済に関する種々の事情を総合的に勘案しつつ行われるべきものであって、その性質上、政府の政策上の裁量に委ねられ、当該政策が著しく不合理であることが明白でしかもそのことによって何人かの権利義務に直接かつ重大な影響が及ぶ場合にはじめてその適法性が問題となるものといわなければならない。

本件総量規制は、本件通達発出当時の地価の高騰状況をも各金融機関による不動産業向け貸出の状況とその貸出の社会的、経済的意義との関連性において考慮したものであることは、本件通達(乙一)の文面上明らかであるところ、本件総量規制により、本件通達発出当時の地価に対し、金融機関による貸出資金量の調整を通じて影響を及ぼそうとする政策判断が、その当時の諸事情から見て著しく不合理であることが明白であったと認めるべき証拠は、何ら見当たらない。

(二) また、本件総量規制による地価に対する政策をそれ以外の地価抑制の政策に追加して行うか、それをいつまで継続するかについても、銀行局長の裁量が著しく不合理であることが明白であったと認めるべき証拠はない。

(三) さらに、本件通達発出当時、銀行局長において資産価格の高騰をバブルと見誤った過誤があったと認めるべき証拠はない。

3  本件総量規制の法的拘束力について

原告らは、本件総量規制が権力的な地価低下措置であり、個別の業種に対し事実上強制力を有するものであって法律に根拠のない違法なものである旨主張するが、本件全証拠によっても、右事実を認めるに足りない。前記のとおり、本件総量規制は、本件通達による行政指導であるが、我が国では、行政機関は、機動的、弾力的な行政運営を行うことが必要な場合において、法律に定められた所掌事務の範囲内で行政指導を行うことが許されるところ、本件通達による行政指導によって、各金融機関が不動産業向けの貸出を抑制する結果が生じたとしても、それが各金融機関のその公共性を自覚した任意の自発的な判断による結果ではなく、金融機関が本件総量規制によって右の任意の自発的判断をすることができなかったことによる結果であったことを認めるべき証拠はない。

4  以上に見たほか、本件総量規制が違法なものであったことを認めるに足りる証拠はないから、原告らの被告国に対する主位的請求及び予備的請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がない。

二  被告日本銀行に対する請求について

1  公定歩合操作と裁量

公定歩合の決定及び変更は、その効果が広く経済全体に及び、これにより、経済的、社会的に重大な結果を生ずるものであるから、その政策立案に当たっては、景気、物価、為替相場、通貨供給量、市場金利等の現状及び変更後の公定歩合がもたらす影響を的確で偏りなく分析、評価するという高度に専門的で公正な判断が必要とされるものである。

このような公定歩合の決定及び変更とその実施すなわち公定歩合操作は、日本銀行法一条に掲げられた被告日本銀行の目的である通貨の調節、金融の調整及び信用制度の保持育成を目指して適切妥当に運営されなければならないところ、その時々の経済情勢の中で具体的に公定歩合をいつ、どれだけ変更すべきか、またはすべきでないかの判断基準は、同法を含め、実定法上具体的客観的に規定されてはいない。

日本銀行法は、このような公定歩合操作の性格に鑑み、公定歩合の決定及び変更は、日本銀行総裁、大蔵省及び経済企画庁を代表する者各一名、金融業に関する学識経験者二名、商工業及び農業に関する学識経験者各一名から成る政策委員会の権限事項とし(同法一三条の二、一三条の三第二号、一三条の四)、この合議制機関の裁量判断に委ねている。このような法律の定めに基づいて考えると、公定歩合の決定及び変更は、日本銀行法に定められた目的を逸脱し、又はその内容、方法が甚だしく不当でない限り、その適法性は問題にならないものというべきである。

2  本件公定歩合引上げの適法性について

証拠(丙一の1〜3、同二の1〜3)によれば、本件公定歩合引上げは、日本銀行政策委員会の決定に基づきそれぞれ従前の公定歩合を引き上げてこれを実施したものと認められ、本件全証拠によっても、これが日本銀行法に定められた目的を逸脱し、又はその内容、方法が甚だしく不当であると認めるには至らない。

3  以上によれば、原告らの被告日本銀行に対する請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

第四  結論

よって、原告らの請求は、いずれも理由がない。

(裁判長裁判官雛形要松 裁判官永野圧彦 裁判官鎌野真敬)

別紙〈省略〉

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